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亀裂骨折による右上腕部の痛みに対する1治験
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2019/03/17

亀裂骨折による右上腕部の痛みに対する1治験

発表:小林久志


症状はほぼ寛解というところまできた。現在養生も兼ねて治療継続中。

患者:81歳、男性、無職。
現在ボランティアで月に3回、市民センターなどで小筆による習字、平安仮名を教えておられる。

  1.診察について 初診時について
初診:2019年1月9日
病院に通っているが、右肩から腕にかけての痛みがなかなか治まらないと電話での問い合わせがあり来院となる。

 ◆主訴
右肩から上腕にかけての痛み。腕を挙上したり、主に動作時に痛む。

 ◆その他の愁訴、既往歴、現病歴
@現病歴 昨年3月に法事があり寺の階段を踏み外して転げ落ちた。その時に医師の階段の角で右肩を打撲した。病院で診察を受け右上腕骨の亀裂骨折を起こしていると言われる。しかしこれといった治療は何もなくリハビリに通っているだけとのこと。10ヶ月経った今も痛みが治まらない。
現在、側方挙上が痛く90度まで挙がらない。前方挙上すると痛みは側方挙上したときよりはましだが120度くらいで痛みが出る。
痛みは三角筋の上部で前側、その辺りが真横に痛いという。患部から上腕部の外側にかけては筋肉が貼り付いているような固まっているような状態。

A既往歴 15年前に心筋梗塞を起こしカテーテルの治療を行う。高血圧症にて投薬。

 ◆四診法
@望診:身長約170cmほどで太り気味。胸板厚くがっちりとした体格。

A聞診:最近耳が遠くなってとのことだったが、受け答えもしっかりされ大きな声で話しをされる。

B腹診:腹部全体はふっくらと柔らかではあるが少し下腹部軟弱。

C脈診:全体的にやや沈、ショク。脉位では左尺中の腎の脈が12菽で浮いており、やや拡がった脉(緩)と診た。

  2.考察と診断
 ◆西洋医学や一般的医療からの情報
昨年3月に右上腕骨の亀裂骨折を起こして以来10ヶ月を経過している。にも関わらず痛みは治まっていない。しかし病院ではリハビリをしているだけでこれといった治療は何もしてもらっていないという。おそらく亀裂骨折が完全に治っておらず痛みが継続していると診た。

 ◆漢方はり治療としての考察
患部を触ると上腕骨上部で烏口突起の高さくらいで真横に溝のような部分を触れる。おそらく亀裂骨折している部分だと思われる。さらにそこから上腕骨に沿って下側に向かって何となく奥側が腫れているような気血の流れが悪い箇所がある。その部分の筋肉は硬くなっている。おそらくこの部分も立てに亀裂骨折しているように思われた。
脈状は両寸口が強く撃っていて、いわゆる二木清文先生提唱されている骨折の脉を撃っていた。悪血はあるだろうと想像はしていたが腹診においても、また左関上の脉も悪血特有の結ぼれるが如くの脉ではなかった。
亀裂骨折が治り切れていない状態でリハビリで無理に運動をして治癒を長引かせてしまっていると思われた。

 ◆証決定
高齢による腎の衰え、さらに亀裂骨折という骨そのもののダメージがあること。また無理なリハビリも労倦の邪として腎を侵し病気を長引かせていると診た。よって証は腎病として治療することにした。

  3.治療経過
 ◆初診時の治療
@本治法:腎病として左の土穴の太渓に営気の手法を行う。

A標治法:まず細かな邪気を取り除くため側頚部をてい鍼にて散鍼。腹臥位で右腎兪に営気の手法。
邪専用てい鍼にて後頚部、頭部、肩上部を処理。背腰部に適宜散鍼。
のち患部の右上腕部、亀裂骨折を起こしていると思われる部分を中心に瀉法鍼を打ち込み、後にローラー鍼を行う。右の肩甲間部にも適宜同じように行う。
最後に背腰部にローラー鍼、えん鍼を行い、腹部に適宜散鍼を加え初回の治療を終了した。

 ◆患者への説明
おそらく亀裂骨折が完全に治っておらず、これが痛みの原因であることを話す。少し時間はかかるが継続治療をしていけば骨も完全に着いて痛みも良くなることを説明する。
また普段の生活で腕を動かすのはよいがあまり重い物は持たないことと、病院でのリハビリは止めるようにと話す。

 ◆継続治療の状況
 2回目(1月12日)治療開始から3日目。
肩の痛みは変わらず。とにかく転倒して打撲した部分、すなわち腕上部の亀裂骨折を起こしている部分の奥側が痛いと訴える。
治療は腎虚証として左の復溜を補う。標治法は前回とほぼ同様に行う。

 3回目、4回目、5回目の治療は、証を肺虚肝実証として治療を行った。

5回目(1月30日)治療開始21日目
習字を教えている時に黒板に書きながら説明をしていても3分くらいすると腕が痛くて挙げていられなくなる。
側方挙上すると90どくらいで痛みが起こるが、前方挙上してもらうと前回よりかなりスムーズに上まで挙がるようになる。腕の筋肉の固さはまだ改善せず。
肺虚肝実証で行う。復溜、陽池を営気にて行う。
患部に銅とアルミのてい鍼を当てる。のち瀉法鍼をドーゼギリギリまでかなり打ち込む。

6回目、7回目、8回目は、証を腎病として行う。

8回目(2月23日)治療開始から45日目。
前方も側方もかなり動きが良くなった。動かしても痛みをほとんど感じない。前方挙上すると少し痛みはあるが気にならない程度。上腕部の筋肉も軟らかくなっている。これまでのことを思うと一機に改善した感じ。
脈状はやや浮、ショク。証は腎病とみる。太渓を営気にて行う。
標治法は前回ほぼ同様に行う。
(今回から養生を兼ねて2週に1度の治療とする)

  5.結語
 ◆結果
今回の症例は上腕骨の上部の前側の亀裂骨折ということで触診でも真横に亀裂部分をはっきりと触れることができた。治療をしていても7回目までは一進一退で際だった改善は認められず、患者も常に亀裂骨折している奥側が痛いと訴えていた。
しかし8回目(治療開始45日目)の治療に来られたときは痛みがほぼないような状態で可動域も含め一機に改善が見られた。患部を触診すると亀裂の筋がほとんど薄く、要するに骨が着いていることを確認することができた。骨折の治癒と同時に痛みも改善。そういうことではとても判りやすい症例だったと思う。
骨折という物理的変化があるということは血の変動を起こしていることである。そこに瀉法鍼を用いて直接血にアプローチすることで血の流れを促進させ治癒を早めることができたのだと思う。勿論、本治法あっての標治法であることは言うまでもないことである。

 ◆感想
昨年の3月に転倒して右上腕骨を亀裂骨折を起こしてから10ヶ月。痛みが治まらずにいたのは病院での最初の治療が適切に行われず、さらに亀裂骨折を起こしたままの状態でリハビリを行ったために結果として無理をして治癒を長引かせた物と思われる。本人は痛みを訴えているにもかかわらずここまで放置されたのは何故か?患者の思いに立ってもう少し注意深く診察していれば長期にわたって患者を苦しめることはなかっただろうと想われた。しかし我々治療家も同じミスを犯さないとも限らない。心して患者と向き合わねばと想いを新たにすることとなった。

   ◆付記
鍼灸治療で骨折の治療ができるのか?そんな想いを持っていた頃が懐かしい。一昨年は私自身が肋軟骨の骨折を起こし自己治療を行うことになった。また昨年には肋骨骨折と左足拇指の亀裂骨折を起こした患者、そして今年になってこの症例で報告した患者と治療を重ねるにあたり鍼灸でも十分骨折の治療ができると自信を持つことになった。
勿論完全に骨が折れてしまった段階での治療は病院や柔道整復師の先生方にお任せするとしても、その後の養生として骨がくっつくまでの間の治療として瀉法鍼を用いての鍼灸治療は有効なものだと確信する。今の私にとって瀉法鍼という治療道具は必要不可欠な治療アイテムとなった。
これからも患者にとって良い治療ができるように治療家として精進していきたい。




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