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治験発表 橋本病の特徴と治療法

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2025年2月16日

橋本病の特徴と治療法

発表:二木清文


1. 結果について
 現在治療継続中だが、治癒が見えてきており経過良好。

2. 診察について
  2.1 初診時について
 患者は17歳の女子高生。医者へは通院しているのだが体調不良が続いており、鬱状態になってきている。自宅でも会話をしなくなってきているので、西洋医学以外の方法はないかと母親が職場で話を聞いて来院。

  2.2 主訴
 高校3年生になった頃から腹痛がするようになり、痛みが強いので内科を受診しても原因が分からず、色々と薬を変えても効果がない。二学期へ入ると頭痛や不眠がひどくなり、倦怠感も強くなっていて毎日登校するのがやっとの状態。時には二階へ上がるだけでも山登りをしたのかというほど疲れを感じる。

  2.3 その他の愁訴
 症状が発生してくるのに思い当たる原因が全くなく、大きな病気をしたこともない。ただ、一日の中で体調がいい時間帯もある。

  2.4 四診法
 望診では、暗い表情が分かる
 問診では、高校生ながら要領よく会話をしてくれるので頭の回転が非常に速いと感じる。大学受験を控えているのに全く勉強ができないと、焦っていることを繰り返す。
 腹診では鳩尾を中心に胃潰瘍に近い感触があるが、押さえて痛みが増悪することはない。少し鳥肌が立っている感じもする。服の上からだが胸が詰まっている感じが分かり、熱が停滞していることも分かる。手足は冷たい。
 脈診ではやや沈で、かなりの数脈。触った瞬間に甲状腺疾患だと分かる落ちきらないうちに次が立ち上がってくる、典型的な脈状をしていた。すぐ甲状腺を探ると肥大化しており、こめかみの脂肪も落ちていて眼球突出の状態であり、甲状腺疾患は間違いないと確信する。数脈だがあまり浮沈の幅がなく、立ち上がりが緩やかなので橋本病もこの時点で濃厚と判定していた。
あまりに特徴的な脈状なので菽法の観察が疎かになっていたのは事実で、肝が菽法よりかなり浮いていることのみ確認している。

3. 考察と診断
  3.1 西洋医学や一般的医療からの情報
 総合病院での全身検査までは受けていないようだが、医者では原因不明の状態。
 橋本病は慢性甲状腺炎と同義で用いられることが多い。甲状腺機能更新証のバセドウ病と逆で、甲状腺機能低下が発生している。

  3.2 漢方はり治療としての考察
 甲状腺機能の異常は肝の疏泄作用が暴走していることと同義に捉えられる。疏泄作用は全身に散布する作用であり、臨んでもいないのに気血が送りつけられてきたり逆に送られてこないということで、合穴の「逆気して漏らす」のように真逆の症状が、どちらも同じ病理で治療できるのが漢方医学の便利なところである。

4. 治療経過
  4.1 初診時の治療
 証決定は肝虚陽虚証で、数脈から剛柔を利用して右大腸経の偏歴に衛気の補法を行う。肝の疏泄の暴走ということから正気論であり、陽経では五要穴は邪気論が該当するので原穴か絡穴を用いることになるので、取穴をして数脈が落ち着くことを確認している。陽経の左右については確実な理論はないものの、胃経だけ左に出やすいが脉位側が該当することがほとんどなので、右から探っていった。
 数脈が落ち着き、全てが菽法近くにもなっているので、本治法は一本のみとする。続いて側頚部へ邪専用ていしんでナソ処置を行うと、全てが菽法の高さに整ったので、経絡に一周してもらうために半時間近くそのまま休んでもらった。次以降の本治法は、体調回復から寒熱が逆転してもほぼ同じ形で行っている。
 背部の標治法は衛気の補法で散鍼を数カ所行い、膈兪は上焦と中・下焦の接点なので特に丁寧に行った。邪専用ていしんを用いてのゾーン処置を行うと、頭のモヤモヤしていたものが軽くなったという感想。ローラー鍼と円鍼を行うと全身の循環が改善してくるのが分かり、手足が暖かくなったと明るい声に変わった。胸に詰まっている熱は気になるものの、これは信頼関係が出来上がってからでも遅くはないと、初回では見送ることにした。

  4.2 患者への説明
 背部の標治法が終わると、夢から覚めたかのように表情が一変していた。ここで甲状腺の機能が低下しているので常に強い倦怠感の上に、「やる気」だけはあっても身体が動かないこと、ところが低下だけでは困るので時々甲状腺が奮起して逆の昂進状態にもなりそのために体調がサインカーブのように変化するのが橋本病の特徴の一つだと説明。時々体調が安定するのは、サインカーブがちょうど中間点の時だとも説明。
 バセドウ病はすぐ治癒できるのだが、橋本病はレベルが違う病気なので数ヶ月は必要なものの、共通テストまで二ヶ月半あるのでこのころにはしっかり勉強ができており、大学へ入る頃には治癒が見えているのではないかと説明。ただし、スロースタートになるので、最初の何回かは焦らないで欲しいとも付け加える。

  4.3 継続治療の状況
 内分泌の病気は日数がどうしても必要なので、原則は一週間に一度ずつのペースとしている。
 二度目は一週間後。治療当日は久しぶりに全身が軽くなり、回復の見込みがあるということで精神的に明るくなった。しかし、まだ大きくは変化していない。
 三度目は1週間後で、初診からは14日後、治療後は非常に気持ちいいのだが、まだ大きくは変化していない。腹痛と倦怠感は落ち着いてきた印象がある。しかし、頭痛が頻繁で不眠も強く、まだつらい状態。
 四度目は学校の都合で2日後になる初心からは16日後。頭痛と倦怠感は改善してきている印象がある。今は腹痛がつらい。
 五度目はまた学校の都合で10日後の26日目で、推薦入試の直前にしている。四度目が終わってから体調が回復してきており、勉強ができるようになった。今回は腹痛も押さえられてきているが、目の奥の痛みや頭痛が時間は短くなったが何度も発生してきている。
 六度目は8日後で34日目、推薦入試は充分な体調とはいえなかったが受験することができた。倦怠感と目の痛みは順調に回復している。腹痛はあるが、十分耐えられる痛みになってきた。入眠が以前より早くなったものの、まだ睡眠そのものは浅く夜中に目が覚めてしまう。
 七度目は6日後の41日目。頭痛も倦怠感もあまり感じなくなってきた。しかし、睡眠はまだ安定していない。
 八度目は7日後で48日目。倦怠感も頭痛もあまり感じないまでに回復してきているが、昨日は登校をしていて午前中は何もなかったのに午後からは座っているのがやっとの状態になり全身が冷えていた。理由はハッキリしていて、推薦で合格ができ、気が抜けてしまったため。
 九度目は7日後で55日目。前回は大学合格で安堵してしまい体調を崩していたが、治療後すぐ回復して腹痛が残るだけというくらいになってきた。睡眠はまだ安定していない。
 これ以後は受験勉強がなくなったことと状態が安定していることから、二週間に一度へとペースを落としている。学校の方針で大学共通テストは受けねばならず、その直前で風邪から体調を崩してはいたが、治療で回復し、こちらも無事に受けることができている。

5. 結語
  5.1 結果
 現在13回目で初診から90日目、睡眠がうまく取れれば体調はとてもいい。腹痛そのものも感じなくなったのだが、重たい感じはまだ残っている。当初から目標にしていた、大学入学くらいには治癒できると予測している。

  5.2感想
 腹痛を訴えて西洋医学を受診したのだから最初は仕方ないとしても、いつまでも腹痛に固執して別の可能性を検討されなかったというのは患者目線からすれば非常に不親切であり、不幸なことだったろう。高校生という一番華やかで何をやっても楽しい時期を、命の別状はないからと薬を変更していくだけだった対応は同じ医療人として疑問を感じざるを得ない。
 この点で脈診は全身状態をまず把握することから入るので、内科や外科だけでなく、眼科や脳外科などそれぞれに検査が必要な状況になっていたものもワンストップで把握でき、診断即治療が可能となった。また、ていしんのみの全く痛みが発生しない治療だからこそ、すぐ信頼を得ることができた。ゾーン処置やローラー鍼と円鍼という滋賀漢方鍼医会の得意技ではあるが、経絡の疎通を改善するという目的で様々な道具を持ち替えながら気持ちいい治療が功を奏したと言える。

5.3 付記
 脈診で少し触れているが、甲状腺の病は落ちきる前に次が立ち上がってくるイメージの脉状が特徴であり、一度経験すると不問診で見抜けるようになる。立ち上がりの角度が鋭いものはバセドウ病で、緩やかだと橋本病に該当する。

   確定されていないのに西洋医学の病名を用いているが、他に橋本病が確定している患者との比較があり状況からして間違いないと今でも思っている。私は可能な限り、西洋医学での病名も患者や家族に伝えるようにしているのは、それだけで不随症状なども分かることとネットでの記事も見つけやすくなるためである。ただ、ネットの個人の書き込みは悪意あるものや不正確な知識でのものが大半なので、公式のものしか見ないように忠告もしている。
 バセドウ病は頻繁に遭遇するが橋本病は希なのに、現在三名が同時に来院しているので比較させてもらったところ、脉状だけでなく胸にも必ず熱が停滞している。この熱はいきなり胸へ手は入れられないので服の上からまず痛みがあることを伝え、最後に二木式奇経鍼を押し手なしで垂直に当てることで処置できる。また鳩尾付近の詰まった感じが共通しており頑固で取り切れないが、逆に鳩尾の反応がなくなれば治癒がいい渡せそうだ。橋本病は思春期から中年の女性に多く、周期的に体調が変化するので一人で悩んでしまい精神的に暗くなってしまう傾向も強いので、理由の説明も大切である。
 数脈に対して陽経から剛柔で治療ができるようになったことは非常に大きく、陰経からでも対処はできるが治療回数を半減できている。また菽法に着目することにより本治法の数そのものが少なくでき、経絡を最大限に活用できているとも言える。
 治療数が多いので甲状腺疾患は脈状でほぼ診断できてしまうが、決めつけて治療をしないようにとも心がけている。


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